着床不全になる免疫について
鍼灸刺激による生体防御系反応の調節は、神経系を介して、または局所の反応系由来のサイトカインを介して行われていると考えらます。
神経系は、神経由来因子を分泌することによって、または、内分泌系を調節することによって免疫系細胞の調節を行います。
「我々は、鍼灸刺激により、血中のT細胞やNK細胞数が増加することを示した。鍼灸刺激は自律神経を介してリンパ系器官に働いてリンパ球を血中へと動員することが考えられる。我々は、免疫系の組織・器官において、サブスタンスP、CGRP、ニューロペプチドY等の神経ペプチドを含有する自律神経繊維が分布していることを示した。
鍼灸刺激が免疫系組織において神経由来因子の放出を行っているという報告から、鍼灸刺激で誘発された神経ペプチドが免疫系の機能調節にあたっている可能性が示唆される。我々は、種々の神経ペプチドが、免疫反応の調節に働くことも示してきた。
鍼灸刺激によって誘発される別のカテゴリーに属する生理活性物質としてサイトカインが挙げられる。我々は、鍼刺激により血中へIL-6が誘導されることをヒトおよびマウスで見いだした。鍼灸で誘発されたIL-6などのサイトカインが、生体の免疫能増強に関与していることが示唆される。
この様に鍼灸は、免疫系に対して、幾つかの経路を介して調節効果を示すものと思われる。」引用1
着床不全と不育症は正確には異なりますが、ここではでは同義語として扱います。
患者さまが良好胚を移植しても妊娠に至らない時に受けている検査があります。
(子宮内膜炎や筋腫、クラミジア等は初期の検査で行うことが多い)
- NK活性検査
- ヘルパーT細胞検査
- 甲状腺機能検査
- 慢性子宮内膜炎
- 子宮内膜細菌検査(子宮内フローラ)
- 抗リン脂質抗体
- クラミジアIgG、IgA抗体検査
等があり、少なくともこれらの検査は直接的、間接的に免疫に関係する検査です。
自然免疫:NK細胞とヘルパーT細胞
「遺伝学的に非自己である受精卵が子宮内膜に着床し成長していくためには,その受精卵の受容を可能とする精妙な免疫機能の調整機構,さらに胎芽の拒絶を阻止する必要がある。NK細胞は、末梢血そして子宮内膜にも存在している。NK細胞の調節異常は、不妊や流産、妊娠高血圧症候群をも引き起こすと考えられ、末梢血のみならず、子宮内膜,脱落膜中のNK細胞の絶対数の異常および構成比率の異常、あるいはレセプター発現やサイトカイン産生異常、遺伝子発現異常について種々の検討がされている。
末梢血NK細胞の主たる機能は細胞傷害(異物などの除去)であるのに対して、子宮内膜あるいは脱落膜NK細胞の主たる機能はサイトカイン産生(妊娠の維持)である。米国では特にNK細胞発現する活性性レセプターとサイトカイン産生との研究を行い,習慣流産あるいは着床不全においてNK細胞に発現する活性性レセプター(NCR)が変化すること(Am J Reprod Immunol,2006)やNK細胞が産 生するサイトカインが変化すること(Fertil Steril,2008),習慣流産あるいは着床不全ではNCR発現とNK細胞産生サイトカインの相関が欠如すること(Am J Reprod Immunol,2009)などを明らかになっている。」参考文献2
通常は、妊娠すると細胞活性の低いNK細胞が子宮内膜に移動し、受精卵や胎児を外敵から守ろうと働きますが、何らかの理由で細胞活性の高いNK細胞が子宮内膜に移動して定着してしまうと、着床や妊娠継続を妨げ、不育症や反復着床不全の方などはNK細胞活性が高い場合があるという研究結果が報告されています。
西洋医学的な治療では、検査で異常値が出た場合には細胞の活性を抑えるためのステロイド療法を行います。
着床や妊娠の継続には本来異物である男性由来の遺伝子を含む受精卵を受け入れる免疫機構を獲得(免疫寛容)する必要があります。妊娠における免疫機構は主にヘルパーT細胞から産生されるサイトカインが担い、細胞性免疫を誘導するTh1細胞と液性免疫を誘導するTh2細胞に分類されます。これらを制御性T細胞がコントロールしています。(不妊検査で行われるビタミンD検査)ビタミンD(25OHVD)はこのT細胞のコントロールに関与しています。
正常妊娠では胎児・胎盤を攻撃するTh1細胞は減少してTh2細胞が優位となりますが、そのバランスが崩れると着床や妊娠の継続を妨げてしまうという研究結果があり、治療には免疫を抑える薬を処方しているそうです。出典1
炎症と不妊
炎症とは、免疫反応が起こっている部位に見られる赤く腫れた状態です。炎症というのはそういう免疫系が作用している細菌や、ウィルス、外傷などの物理的作用、また薬物などの化学的作用により起こる生体の防御反応、発熱、発赤、腫脹、疼痛など(4徴候)をいいます。免疫反応が起こっているところでは、(食細胞、NK細胞、T細胞が免疫反応を促進)サイトカインが働き、病原体を排除する顆粒球やリンパ球が呼び寄せられ、病原体も排除され、自己の組織が損傷を受けたときも免疫細胞は働きます。参考文献3
けれども、前述のとおり、サイトカインには炎症を抑える働きと炎症を亢進するものがあります。加齢にともない、炎症を亢進するサイトカインが増え、妊娠時におこる免疫寛容(末梢性の)を阻害していることがわかっています。
急性、慢性を問わず、炎症に対する治療法は西洋医学的な治療の大半は薬剤が選択肢となりますが、自己免疫疾患と慢性炎症疾患のひとつである潰瘍性大腸炎、クローン病、胃炎モデル、COPDモデルは鍼灸対応疾患である。潰瘍性大腸炎(UC)でヒトを対象とした灸施術で炎症と大腸粘膜IL8、ICAM-1の抑制ができることがわかっています。
甲状腺機能低下症やアトピー性皮膚炎やリウマチなど不妊治療をしてから、そのような症状を持っていると知る人がいる。昨今、周知されている歯周病も着床障害につながるという事を知らない人もいらっしゃいます。体に炎症がないか調べることが、着床不全を起こされている人には、効果があるといえます。全てが検査できるわけではありません。
子宮や卵巣だけでなく、全身の慢性・急性炎症も加齢とともに攻撃性のサイトカインが増え、結果として着床不全につながっていると推測し、さらに日本人に多い肩こりや腰痛などの疼痛(特に急性)に関して、これらも炎症の分類に入り妊娠の妨げになるかもしれないという文献(2022年11月6日)は調べられてません。 体の炎症については、気をつけても防げないものが大半ですが、炎症のおきやすい食生活があります。炎症を惹起する食品の文献もあり、肉、加工肉、臓物、青魚以外の魚、トマト、加糖飲料、卵、精製穀物 とあるが、見方によっては問題ないような食物も含まれています。
妊娠(着床)という視点からみて、炎症が起きやすい身体になることを指摘されている代表的な食品を検索してみると「トランス脂肪酸」がヒットしました。
「トランス脂肪酸は、天然の植物油にはほとんど含まれず、水素を付加して硬化した部分硬化油を製造する過程で発生するため、それを原料とするマーガリン、ファットスプレッド、ショートニングなどに含まる。 マーガリンに含まれるトランス脂肪酸が健康被害を与える可能性が高く、多量に摂取するとLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を増加させ心臓疾患のリスクを高めるといわれ、2003年以降、トランス脂肪酸を含む製品の使用を規制する国が増えている。
私達の体を構成する細胞膜の脂肪酸は、免疫学的には炎症や免疫を促進(抑制)する局所ホルモンであるプロスタグランジン系の原材料となるが、トランス型脂肪酸は生体内でプロスタグランジン系を作る元として使うことができない。そのためにトランス型脂肪酸を含む細胞膜は局所での炎症反応の調節に障害が起きる可能性があるため、炎症しやすい身体になってしまうのである。トランス脂肪酸とアトピーの関係も示唆されており、クローン病などの疾患とも関係していると言われている。よって妊娠を希望される人にとって、トランス脂肪酸は摂取してはいけない食品である。」引用2
子宮内膜細菌検査(子宮内フローラ)
膣内、子宮内にはラクトバチルス属と呼ばれる乳酸菌が存在しており、細菌性膣炎や性感染症、尿路感染症の原因となる細菌を繁殖させないように働いている。 しかし、疲れ、免疫の低下、ストレスなどが原因で乳酸菌が減ると、悪玉菌が増えやすくなり、おりものの異常や膣炎が再発する原因となる。
よくない菌の感染が続くことで、慢性子宮内膜炎となり、子宮内膜で免疫活動が活発になり、受精胚を異物として攻撃してしまう為、妊娠率が低下する可能性がある。また最近の研究から子宮内の乳酸菌が減った状態では、流産率も上昇する事が報告されている。膣内、腸内にラクトバチルス菌が多いと、子宮の中にもこの菌が入りやすくなり、腸内、膣内の乳酸桿菌割合を高くし、子宮内の着床環境を改善し妊娠率を向上させる。参考文献4
不妊治療患者に多い便秘(薬剤性のものもある)も着床の妨げになっていると考えられる。
鍼灸でできること
上記内の「潰瘍性大腸炎(UC)でヒトを対象とした灸施術で炎症と大腸粘膜IL8、ICAM-1の抑制ができている。」「アトピー性皮膚炎やリウマチ」「日本人に多い肩こりや腰痛などの疼痛」「疲れ、免疫の低下、ストレスなどが原因で乳酸菌が減る」「便秘」の症状は、鍼灸治療で改善されることは鍼灸師なら周知の事実です。免疫の領域であるこれらについては生体防御の調整に関与でき、着床を促進させることができると思われます。
出典:参考文献
引用1:糸井マナミ, 千葉章太, 雨貝孝. 免疫・微生物学ユニット Ⅰ.鍼灸と免疫系 [Internet]. 明治国際医療大学 受験生のためのポータルサイト. 2011 [cited 2022 Nov 3].
Available from: https://www.meiji-u.ac.jp/md-immu/r-tema1
参考文献2:福井淳史. 「妊娠の成立と維持に関する子宮内膜および全身におけるNK細胞の機能分担と機能発現」. 産科と婦人科. 2013;80(3):374–376.
出典1:NK細胞活性検査とヘルパーT細胞のバランス検査 [Internet]. 桜十字ウィメンズクリニック渋谷. 2021 [cited 2022 Nov 6].
Available from: https://www.sj-shibuya-bc.jp/staff-blog/?p=1610
参考文献3:河本宏. もっとよくわかる免疫学. 8th ed. 東京都: 羊土社; 2018.
金内雅夫. 食事療法における指標と指導のパラダイムシフト: 食事炎症性と食事性酸負荷. 日本臨床生理学会雑誌 V. 2019;49(2).
引用2池上文尋. 炎症と不妊についての関係について [Internet]. AllAbout健康・医療. [cited 2022 Nov 3]. Available from: https://allabout.co.jp/gm/gc/387005/
参考文献4:腸内フローラを整える=腸活する』と子宮内の細菌環境(子宮内フローラ)も整い着床率、妊娠率が向上します [Internet]. 社会医療法人 愛育会 福田病院. [cited 2022 Nov 6].
Available from: https://www.fukuda-hp.or.jp/news/1988/