着床不全・不育症と免疫療法【流産予防の新たな選択肢とは?】
「繰り返す流産を防ぐ方法はありますか?」
患者さまからのご質問を受け、「夫リンパ球移植療法」という治療法について調べてみました。この治療法は一時期注目されていましたが、現在は実施例が減少し、情報も限られています。その一方で、一定の条件下では効果が示唆された研究結果もあります。
今回は、最新の文献をもとに、「夫リンパ球移植療法」の仕組みや効果、注意点についてまとめました。
夫リンパ球移植療法とは?
夫リンパ球移植療法は、繰り返す流産(習慣流産)に対する免疫療法の一種です。これは、夫のリンパ球を妻に移植することで、母体の免疫応答を調整し、妊娠を維持しやすくすることを目的としています。
妊娠と母体の免疫の関係
妊娠とは、母体の免疫系にとって「自分とは異なる遺伝子を持つ胎児」を受け入れる特殊な現象です。通常、体は異物を排除しようとしますが、妊娠中は免疫システムが胎児を攻撃しないよう制御される仕組みが働いています。
その鍵となるのが、T細胞(免疫細胞)のバランスです。特に以下の3つが注目されています。
- 1型ヘルパーT細胞(Th1)
- 2型ヘルパーT細胞(Th2)
- 調節性T細胞(Treg)
このバランスが崩れると、母体が胎児を「異物」と判断し、妊娠が継続できなくなることがあります。
どんな時に適応される?
夫リンパ球移植療法は、以下のような条件を満たす方に効果が期待されるとされています。
- 3回以上の初期流産(習慣流産)
- 原因が不明で、特に免疫的要因が疑われる
- 遮断抗体活性が陰性
- 夫の感染症スクリーニングが陰性であること
- 年齢が40歳未満(40歳以上は効果が乏しい傾向)
実際の治療効果は?
兵庫医科大学産婦人科学講座の柴原浩章先生による報告では、
- 免疫療法を受けた140人中、78.6%が妊娠に成功
- 治療を受けなかった18人では、成功率は30.0%にとどまる
この結果は統計的にも有意差があり、一定の効果があることが示唆されています。また、リンパ球を3回接種すると、ほとんどの症例で「遮断抗体活性」が認められたとされています。
注意すべき点
米国では実施が禁止されている
アメリカでは2002年にFDA(米国食品医薬品局)が実施を全面禁止しており、現在も推奨されていません。
このため、日本国内でも実施例は少なく、情報も限られています。
治療は“輸血”と同様の扱い
この治療法は「リンパ球の移植=輸血療法の一種」とみなされるため、厳格な感染症管理・安全性確保の体制が必要です。
まとめ
夫リンパ球移植療法は、習慣流産に悩む方にとって一つの治療選択肢となる可能性があります。しかしながら、実施には以下のような点に注意が必要です。
- 効果が示されている条件:初期流産3回以上・免疫要因が疑われる・40歳未満など
- リスク・制限:アメリカでは禁止、日本でも慎重な扱い
- 実施にあたって:専門医の判断、安全な医療機関での対応が不可欠
「妊娠は、母体の免疫システムと胎児の絶妙なバランスによって成立する現象」。だからこそ、免疫の調整は流産予防の一つの可能性として注目されています。治療の選択にあたっては、信頼できる医療機関でよく相談し、ご自身で納得して決断することが何より大切です。
参考文献
- 柴原浩章 (2018). 「夫リンパ球移植療法」. 実践臨床免疫学. 中外医学者, 363-366.
- Wegmann TG. Placental immunotrophism: Maternal T cells enhance placental growth and function. Am J Reprod Immunol. 1987; 15: 67-70. OFI
- Raghupathy R. Th1-type immunity is incompatible with successful pregnancy. Immunol Today. 1997; 18:478-82.
- Shima T, Inada K, Nakashima A, et al. Paternal antigen-specific proliferating regulatory T cells are increased in uterine-draining lymph nodes just before implantation and in pregnant uterus just after implantation by seminal plasma- Spriming in allogeneic mouse pregnancy. J Reprod Immunol. 2015; 108: 72-82.
- Beer AE, Quebbeman JF, Ayers JWT, et al. Major histocompatibility complex antigens, maternal and paternal immune responses, and chronic habitual abortions in humans. Am J Obstet Gynecol. 1981; 141:987-99