
卵子へのミトコンドリア注入療法とは?仕組み・国内の出生報告と注意点
「卵子にミトコンドリアを注入することで、卵子の質を高められる可能性がある」と聞き、詳しく知りたいと思った方もいるのではないでしょうか。
卵子へのミトコンドリア注入療法は、体外受精や顕微授精を繰り返しても良好な胚が得られにくい方への新しい選択肢として研究されてきた技術です。
日本国内でも出生例が報告されていますが、すべての方の妊娠率を高められると確認された治療ではありません。また、「卵子を若返らせる治療」と単純に表現すると、実際の医学的な位置づけとは異なる印象を与える可能性があります。
この記事では、卵子へのミトコンドリア注入療法の仕組み、国内で報告された出生例、現在分かっている効果と注意点について解説します。
- 卵子へのミトコンドリア注入療法は、本人の細胞から取り出したミトコンドリアを、顕微授精の際に卵子へ注入する方法です。
- 卵子や初期胚のエネルギー産生を補う目的で研究されていますが、染色体異常を修復したり、卵子を若返らせたりする治療ではありません。
- 日本国内では2017年に5人の出生が発表され、その後の研究でも複数の出生例が報告されています。
- 一部の研究では胚の状態がよくなった可能性が示されていますが、比較試験では明確な効果が確認されておらず、有効性についてはまだ結論が出ていません。
- 治療を検討する場合は、身体的な負担や費用、期待できる効果、長期的な安全性について主治医から説明を受け、自分の治療歴に合うか確認することが大切です。
ミトコンドリアとは
ミトコンドリアは、私たちの細胞の中に存在する小さな器官です。食事から得た栄養素と酸素を利用し、ATPと呼ばれる細胞活動のためのエネルギーを作っています。
卵子にも多くのミトコンドリアが存在します。卵子の成熟、受精、受精後の細胞分裂、胚盤胞までの発育には多くのエネルギーが必要になるため、ミトコンドリアの働きは初期胚の発育に関係すると考えられています。
年齢などに伴って卵子内のミトコンドリアの働きが低下すると、エネルギー産生が十分に行われず、胚の発育に影響する可能性があります。
ただし、胚の発育や妊娠の成立は、ミトコンドリアだけで決まるものではありません。卵子や精子の染色体、受精方法、培養環境、子宮内膜の状態など、さまざまな要因が関係します。
卵子へのミトコンドリア注入療法とは
卵子へのミトコンドリア注入療法には複数の研究方法がありますが、国内で出生が報告された方法では、女性本人の卵巣組織から採取した細胞を利用しています。
本人の細胞から抽出したミトコンドリアを、顕微授精の際に精子と一緒に成熟卵子へ注入し、卵子内のエネルギー産生を補うことを目的とした方法です。
治療のおおまかな流れ
- 腹腔鏡などを用いて卵巣表面の組織を採取する
- 採取した組織から、卵母細胞前駆細胞と考えられる細胞を分離する
- 分離した細胞からミトコンドリアを抽出する
- 採卵によって得られた成熟卵子に、精子とミトコンドリアを同時に注入する
- 受精後の胚を培養し、移植可能な状態まで育った胚を子宮へ戻す
通常の顕微授精に加えて卵巣組織の採取やミトコンドリアの抽出が必要になるため、一般的な体外受精よりも手順が多くなります。
また、研究によってミトコンドリアを取り出す細胞や採取方法が異なるため、「ミトコンドリア注入」という名称が同じでも、すべてが同じ治療内容とは限りません。
「ミトコンドリア置換療法」とは異なる
卵子へのミトコンドリア注入療法と混同されやすいものに、「ミトコンドリア置換療法」や「ミトコンドリア提供」があります。
ミトコンドリア置換療法は、主に母親から子どもへ重いミトコンドリア病が遺伝することを防ぐ目的で研究されている方法です。患者本人の核DNAを、健康なミトコンドリアを持つ提供卵子へ移す方法などがあります。
一方、国内で出生例が報告されたミトコンドリア注入療法では、女性本人の細胞から取り出したミトコンドリアを使用しています。
そのため、提供者の卵子を利用するミトコンドリア置換療法とは、目的も手順も異なります。
日本国内で報告された5人の出生例
2017年6月、大阪市内の生殖医療施設から、女性本人の細胞から取り出したミトコンドリアを卵子へ注入する方法によって、4人の女性から5人の子どもが誕生したことが発表されました。5人のうち2人は双子として生まれています。
これは、日本国内における自家ミトコンドリア注入後の出生報告として注目されました。
対象となったのは、体外受精や顕微授精を繰り返しても胚の発育が途中で止まる、胚の断片化が多いなど、良好な胚を得にくかった方です。
当時の発表だけを見ると、「ミトコンドリアを注入すれば妊娠できる」と受け取ってしまうかもしれません。しかし、出生した方がいたことと、治療によって妊娠率が高くなったことが科学的に証明されたことは同じではありません。
2023年に公表された国内研究の内容
国内の臨床研究については、2023年に52人の治療結果をまとめた論文が発表されています。
対象者は、体外受精や顕微授精を平均5回以上経験し、胚の発育停止や強い断片化などを繰り返していた女性でした。
研究では、52人から採取された702個の成熟卵子に対して、精子と本人由来のミトコンドリアが同時に注入されました。その後、63回の胚移植が行われ、15件の臨床妊娠、11件の出産、合計13人の出生が報告されています。
一部の対象者では、ミトコンドリア注入を行う前の治療周期と比べ、良好胚や移植可能な胚の割合が高くなったと報告されました。
また、出生した子どものうち5人について母親とのミトコンドリアDNA配列が調べられ、母親の配列とほぼ一致していたことが報告されています。
ただし、この研究には、治療を行わなかった同じ条件の方と無作為に比較したものではないこと、対象者数が限られていることなどの制約があります。
治療前より胚の状態がよくなったとしても、年齢、採卵数、卵巣刺激方法、精子の状態、培養条件などの影響を完全に除外することはできません。
海外の比較試験では明確な効果が確認されなかった
ミトコンドリア注入療法については、すべての研究でよい結果が出ているわけではありません。
2019年に発表された海外の無作為化パイロット試験では、同じ女性から採取した成熟卵子を、ミトコンドリア注入を行うグループと通常の顕微授精を行うグループに分けて比較しました。
その結果、胚の発育、胚の質、妊娠率について、ミトコンドリア注入による明確な改善は確認されませんでした。
2024年には、この試験から出生した子どもを追跡した報告も公表されています。妊娠中の合併症、出生体重、出生時の状態などに明らかな違いは認められませんでしたが、対象となった子どもの人数が少なく、長期的な安全性を判断できる規模ではありません。
国内研究では胚の状態がよくなった可能性が示された一方、比較試験では効果が確認されなかったため、現時点では有効性について一致した結論には至っていません。
卵子を「若返らせる治療」とはいえない
ミトコンドリア注入療法は、メディアなどで「卵子の若返り」と表現されることがあります。
しかし、女性の年齢に伴う妊娠率の低下には、卵子の染色体異常が増加することが大きく関係しています。ミトコンドリアを追加しても、すでに生じている染色体の数や構造の異常を正常に戻せるわけではありません。
また、卵巣内に残っている卵子の数を増やしたり、AMHの値を回復させたりする治療でもありません。
ミトコンドリア注入は、卵子や初期胚のエネルギー産生を補える可能性を検討している治療であり、加齢による卵子の変化を全体的に元へ戻す治療ではないことを理解しておく必要があります。
考えられる注意点
効果に関する根拠がまだ限られている
国内外で出生例は報告されていますが、通常の顕微授精より出生率を高めるかどうかについて、十分な数の無作為化比較試験はありません。
治療を検討するときは、出生例の人数だけでなく、対象者の条件、比較対象の有無、出生率の算出方法なども確認することが大切です。
卵巣組織を採取する負担がある
国内で行われた方法では、ミトコンドリアを得るために腹腔鏡による卵巣組織の採取が行われました。
腹腔鏡は小さな傷で行える手術ですが、麻酔、出血、感染、周囲臓器の損傷などのリスクがまったくないわけではありません。
施設や研究方法によって採取する細胞が異なる可能性があるため、具体的な手順と身体的負担を事前に確認する必要があります。
子どもへの長期的な影響は分かっていない
これまでの小規模な報告では、出生した子どもに明らかな問題が増えたとは示されていません。
一方で、出生数と追跡期間が限られているため、成人期まで含めた長期的な安全性については十分なデータがありません。
受けられる施設や対象者が限られる
ミトコンドリア注入療法は、一般的な体外受精施設で広く行われている標準的な治療ではありません。
実施の有無、対象となる条件、治療方法、費用、倫理審査や臨床研究としての位置づけは施設によって異なる可能性があります。
自費診療になる可能性が高い
研究的な治療や先進的な追加治療は、保険診療の対象にならず、自費で行われる場合があります。
卵巣組織の採取、細胞の処理、採卵、顕微授精、胚培養、胚移植など、どこまでが提示された費用に含まれているのかも確認しましょう。
治療を検討するときに確認したいこと
ミトコンドリア注入療法に限らず、新しい生殖補助医療を検討するときは、メリットだけでなく、分かっていないことも含めて説明を受けることが大切です。
- 自分が治療の対象になると判断された理由
- 通常の体外受精や顕微授精と比べた効果
- 施設内での実施件数、妊娠率、出産率
- 自分と年齢や治療歴が近い方の成績
- ミトコンドリアをどの細胞から採取するのか
- 卵巣組織採取の方法と身体的なリスク
- 治療に必要な期間と費用
- 治療を受けなかった場合に考えられる選択肢
- 出生した子どもの追跡調査が行われているか
「新しい治療だから効果が高い」「出生例があるから自分にも適している」とは限りません。これまでの採卵結果や胚の発育状況を整理し、主治医から説明を受けたうえで判断しましょう。
生活習慣でミトコンドリアを増やせば同じ効果が得られる?
適度な運動、十分な睡眠、バランスのよい食事、禁煙などは、妊活中の体調管理や健康維持のために大切です。
ただし、特定の運動、食品、サプリメントによって卵子内のミトコンドリアが増え、ミトコンドリア注入療法と同じ効果が得られると確認されているわけではありません。
サプリメントを多く摂取すれば卵子が若返るということでもありません。持病がある方や不妊治療の薬を使用している方は、サプリメントを始める前に医師や薬剤師へ相談してください。
妊活中は、「卵子のために運動しなければ」「身体を冷やしてはいけない」と頑張りすぎてしまう方も少なくありません。当院では、特定の食品やセルフケアだけに偏るのではなく、まずは睡眠時間を確保すること、食事を極端に制限しないこと、無理のない範囲で身体を動かすことをお伝えしています。
施術の際は、月経周期や手足の冷え、疲れやすさ、首肩こり、睡眠、ストレスなどを伺い、必要に応じて良導絡測定や東洋医学的な体質の見方も参考にします。出血や強い痛み、月経周期の大きな変化などがある場合は、セルフケアだけで様子を見ず、婦人科や治療中のクリニックへ相談することも大切です。
ミトコンドリアを注入すれば卵子の質はよくなりますか?
一部の研究では、良好胚や移植可能な胚が増えた可能性が報告されています。しかし、比較試験では明確な効果が確認されなかったという結果もあり、誰に効果があるのかは分かっていません。
年齢が高い場合にも有効ですか?
年齢が高い方の卵子ではミトコンドリア機能が低下している可能性がありますが、ミトコンドリア注入によって年齢に伴う妊娠率の低下を防げるとは確認されていません。
特に、加齢に伴って増える染色体異常を修復する治療ではありません。
第三者の遺伝子が子どもに入りますか?
国内で報告された自家ミトコンドリア注入では、女性本人の細胞から取り出したミトコンドリアを使用しています。そのため、提供卵子のミトコンドリアを使用するミトコンドリア置換療法とは異なります。
一般的な不妊治療として受けられますか?
通常の体外受精や顕微授精のように、多くの生殖医療施設で行われている治療ではありません。実施施設、対象条件、費用などを個別に確認する必要があります。
まとめ
卵子へのミトコンドリア注入療法は、女性本人の細胞から取り出したミトコンドリアを、顕微授精の際に卵子へ注入する方法です。
日本では2017年に4人の女性から5人の子どもが生まれたことが発表され、2023年の論文では、より多くの治療例と出生結果が報告されました。
一方、海外の比較試験では明確な改善が確認されておらず、有効性については研究結果が一致していません。出生した子どもの長期的な安全性についても、十分なデータが蓄積されているとはいえません。
ミトコンドリア注入療法は、染色体異常を修復したり、卵子や卵巣を若返らせたりする治療ではありません。
治療を検討する場合は、期待できることだけでなく、身体的な負担、費用、効果が得られない可能性、長期的に分かっていない点についても説明を受け、主治医と相談しながら判断することが大切です。
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📚参考文献
- Morimoto Y, et al. Mitochondrial Transfer into Human Oocytes Improved Embryo Quality and Clinical Outcomes in Recurrent Pregnancy Failure Cases. Int J Mol Sci. 2023.
国内で行われた自家ミトコンドリア注入の治療結果、胚の評価、出生結果などを報告した研究。 - 臨床研究情報ポータルサイト「ヒトMII期卵子への卵母細胞前駆細胞由来ミトコンドリア注入」
国内で実施された臨床研究の登録情報。 - Labarta E, et al. Autologous mitochondrial transfer as a complementary technique to intracytoplasmic sperm injection to improve embryo quality in patients undergoing in vitro fertilization: a randomized pilot study. Fertil Steril. 2019.
ミトコンドリア注入と通常の顕微授精を比較した無作為化パイロット試験。 - Gil J, et al. Impact of autologous mitochondrial transfer on obstetric and neonatal health of offspring: A small single-center case series. Placenta. 2024.
無作為化パイロット試験から出生した子どもの妊娠・出生時の経過を追跡した小規模研究。
この記事の監修者


院長:宇都宮 泰子
(うつのみや やすこ)
FEMICA認定妊活指導士/鍼灸学修士/MBA(経営管理修士)
はり師・きゅう師(国家資格)
- 日本フェムライフ統合ケア協会 代表理事
- 日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー
- 日本生殖医学会会員
不妊・不育症を専門とし、東洋医学と生殖医療の両面から体質改善をサポート。大学院研究員としての研究活動も行いながら、臨床現場で妊活支援に従事している。
※本記事は一般的な医学情報を提供するものであり、診断・治療を目的とするものではありません。治療方針は必ず主治医の指示に従ってください。
治療を続けるなかで、身体の状態も整えておきたい方へ
ミトコンドリア注入療法をはじめ、新しい不妊治療について調べていると、「自分に合う治療なのか」「今できることはほかにないのか」と不安になることもあると思います。
治療の適応や効果については、生殖医療を行う医療機関で十分な説明を受けることが大切です。そのうえで、採卵や胚移植に向けて、冷えや睡眠不足、ストレス、肩こりなど、日頃の体調も整えておきたいと感じる方もいらっしゃいます。
大阪市都島区にある宇都宮鍼灸良導絡院では、治療歴や月経周期、現在のお身体の状態を確認しながら、一人ひとりに合わせた妊活中の体調管理をお手伝いしています。
鍼灸がミトコンドリア注入療法の効果を高めると断定することはできませんが、不妊治療と並行して身体のコンディションを見直したい方は、どうぞお気軽にご相談ください。今の治療状況を伺いながら、無理のない通院方法を一緒に考えていきます🍀








当院でも、「採卵を繰り返しているけれど胚盤胞まで育ちにくい」「新しい治療を受けた方がよいのか迷っている」といったご相談をいただくことがあります。
新しい治療がご自身に適しているかは、年齢や採卵結果、胚の発育状況、ホルモン値などによって異なるため、まずは生殖医療を行うクリニックで十分な説明を受けることが大切です。鍼灸は治療の代わりになるものではありませんが、月経周期や睡眠、ストレス、冷えなども確認しながら、治療を続ける時期の体調管理を支える方法のひとつとして取り入れられます。